料理教室を始めるきっかけ 1

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放置しっぱなしのブログですが、内容を一新して、色んな事を書いていこうと思います。

まずは、料理教室を始めるきっかけになっていったことを書いてみようかな。

・形になったもの

「私の食の知識って、人の役に立つんじゃないか?

この積み上げてきた知識を何らかの形で世に出せたらいいな。」

そう思い始めたのはいつ頃だったのか。

結局は、その思いが形になったのが、「料理教室」いう形だった。

私は、誰かを励まし続ける事が好きだからだ。
それは、起業のモットーであり、理念である。

・父の影響

父は外食産業畑で営業職。モーレツ社員と言われた時代に叩き上げで代取まで勤めた人間である。
当然、私も自然に外食産業に興味を持ち、気付けば株式会社三越食品部に就職していた。

一般社員の癖に、あっちこっち興味のまま歩き回り、気付いたら美味しいものを食べるのが大好きになっていた。

23歳までは。

・母の闘病

23歳の時、母親が末期がんに倒れた。
4年闘病して母親は53歳で他界した。
私は27歳だった。

母親の闘病は、またいずれ詳しく書くとして、

闘病に伴い食を見直さねば生を繋ぐことが難しくなっていく母親と共に、「養生食」というものに出会う。
いわゆる、「玄米菜食」である。

・食の変化

食養生の先生について、指導を受けながら、マクロビオティックの世界を知っていく。
面白かった。
玄米は美味しかった。
毎日、圧力鍋で炊いて食べていた。
マクロビオティックの本も何冊も読みこみ、学んでいったが、クッキングスクールを卒業したわけではなく、ただただ、母を思って料理をしていた。
オーガニック食材の美味しさ、安心安全を買う事、自身の消化能力についても考えていく大きなきっかけとなった。

・父の家庭菜園

父は趣味で家庭菜園を営んでいた。最初はうねを2つとか3つとか。
それがいつのまにか土地を借りて50坪のなっていた。
母が病に倒れてからは、野菜の処理は私の担当となった。
野菜の処理をし続けた9年間。
ここで私の野菜料理のスキル、野菜を見極める目、野菜に対するセンスはすべて培われていったと言っても過言ではない。

・ミクシィ

母が他界した頃、SNSが始まり、当時はミクシィが一世を風靡していた。
試しに料理写真を投稿してみた。
少しづつ訓練されていった野菜料理の写真は、なかなかの好評ぶり。

「お?わたし、もしかしてイケんじゃね?」とおもった瞬間だった。

つづく

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