料理教室を始めるきっかけ 8

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自身の闇と向き合う事は生まれ変わりの準備運動だ。

    



パニックの一晩を過ごした翌日、主治医から電話が入り、現在予想される病状について推察の範囲で説明をもらった。

まだ初期の段階かもしれない、という希望が見えた私は、唐突にスイッチが入った。

        

「向き合ってやる!!」

        

間に合うならば。
母のように、末期でないならば。
やってやろうじゃないか。
私は母ではない。
私はわたしだ。
39歳で始まる闘病に「完治」がつくのは10年後、49歳の時だ。
49歳は、母が卵巣がん末期、しかも腹膜播種がわかった年齢だ。
リベンジマッチをする。
母が勝てなかった女性の病を、私は克服してみせる。

私は、わたしの人生を生き抜いてやる!!

                               

腹は決まった。

                                                

食べ物に追われるなどどいう餓鬼そのものの自分と徹底抗戦する事は、自身が抱えてきた闇と向き合うことだ。

悲しい事、寂しい事、不安な事と向き合いたくない時に、特に甘いものに走る。
孤独に耐えられずに食べるのが、わたし。

徹底的に心の闇と向き合う。
一般的に書くと瞑想とか座禅とかいう言葉になるのだろうか。
自分と対峙し、内在する、三千の命と向き合う作業だ。
三千の命は、餓鬼である自身と、仏である自身、両方が自身に内在していることを
確認していく作業、というのかな。
マインドを整えていく作業、というのかな。
近い言葉はたくさんあるが、ぴたっとくる言葉を誰もがわかるような書き方は、とても出来ない。

     


次に身体と向き合っていく。
プアフードを食べすぎている状態なので、手始めに、徹底的に食べる量を減らした。
そして、〇マ〇キおよびパ〇コ、それから、キッ〇カットとご縁を切ることに決めた。
次に、油脂類を抜いていく。
そして、糖質と向き合うことにした。
とにかくケトン体を目指して、何度も断食をしていく。
1か月で9.5キロ体重が落ちたが、軽い運動を平行していた為、体力がおちる事もなく、むしろ生き生きしていく自分を、感じる時期だった。
同時に、琉球温熱療法に通った。

   


これらは、母が闘病中にしていたことである。
一番、調子が良かった時、効果があったな、と感じる事案など、過去の経験値を掘り起こして、ひとつずつ試して行った。
ただ、同じことをしていたら、同じ道を歩むことになるので、とにかくいろいろな経験談を読み漁った。
これも一遍通りの経験談では意味がない。
たいていの闘病著は目を通したことがあるような内容だ。
もう充分に母の時に経験したものばかり。
完治した経験談も、「たまたま」感のあるものは意味がない。
医学的見地の含まれたもの、数値や研究結果、患者本人の感覚などが含まれているものでなくてはならない。

   



ビビっと来た人がいた。

   



清岡美音さんだった。

   

現在は、博士号を取られるべく、留学されていると聞く。
以前はブログも開設されていたが、現在は閉鎖されている為、詳しい紹介は出来ないが、とにかく読み漁り、闘病に際し、最も参考にさせていただいた方である。

次回はグルテンフリーとの出会いですよ。ようやく(笑)

つづく




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